運命を

◎まとまりなくあれこれ書きます

 

これから9月まで約二か月間隔で負荷が増す何かが起きるようになっていく、ということでしたが、5月はサル痘の感染拡大の始まりということになりました。

 

WHOのパンデミック条約が5月に決まれば、それが該当するのかと思っていましたが、とりあえず先延ばしになったようです。

 

これが決まると、日本の総理大臣も入れ替えだった可能性があります。

 

サル痘については、これからまたワクチンやら薬やら、対策が必要だ!という感じで騒がれていくのでしょう。

 

アメリカの中間選挙が11月にありますが、感染がひどいと郵便投票を推奨することになるでしょう。

 

そこに向けて、ロシアとの絡みも大きく動き出す可能性があります。

 

感じた通りなら、6月はこれが続き、7月頃にはまたなにかあるのでしょう。

 

次々積み重なっていく感じだったので、そうなれば来年の今頃には、私たちの生活環境が大きく様変わりしているかもしれません。

 

 

 

思い返してみると、コロナが騒がれだしたころ、世界各国では感染者数がみるみる増えてすごいことになりそう、となっているにもかかわらず、なぜか日本はそれほどでもない状態が続いていました。

 

そんな中、なぜか武漢で騒がれだした中国からの入国がとめられることはなく、気が付けば国内の感染者数の内訳の9割が国籍不明者で占められていた、ということがありました。

 

そして、その内訳には触れらることなく、日本も大変なことになっている、という風潮が高まっていき、緊急事態宣言やらマスクの着用推奨や消毒の徹底などが広がっていき今に至っています。

 

サル痘が騒がれ始めているいま、それは私たちの生活に影響がない、と思い込んでいるのか意図する何かがあるのかわかりませんが、また海外からの入国を緩和しています。

 

コロナと違って皮膚に症状が現れるものについては、生理的に嫌悪感を抱きやすいのではないでしょうか。

 

感染を忌み嫌う度合いが更に強まることでしょう。

 

そうなると、また、これは一日も早くワクチンで予防しなくてはいけない!!!、という流れになるのかもしれません。

 

サル痘として出ている写真をみていると、イベルメクチンが関係しているのではないかと感じていた夢の光景とも似た症状で、あの時は2割くらいの人がおかしくなる印象でした。

 

外見もそうですが、中もひどく、自分がないゾンビのような状態になる、という印象でしたので、もしそうなっていけば二極化の成れの果てといえるような気もしています。

 

 

 

先週、アメリカに住む友達がいる、という方のお話を聞く機会がありましたが、生活物資の価格、食糧、ガソリン代、職種によっては自己負担するあれこれのコスト、もろもろ値上がりや負担増になってきているそうです。

 

話を聞いていると、いまのところ日本はずいぶん異なる状況のように思えます。

 

しかし、様々な業種で「物が足りない」ということを聞く機会が増えましたし、ウクライナと上海の影響で流通が大きく影響を受けており、価格に上乗せされていく可能性を考えると、私たちの生活への影響も時間の問題ではないでしょうか。

 

そんな中、政治的なこと、経済的なこと、社会的なこと、理由はいくつもあるようですが、中国を絡めて仕事をすることを変えようとしている業種もあるそうです。

 

 

実際、部品が入らないから先に進めない、原料が足りない、製造が止まっていつ入荷するかわからない、ということが起きているという話を聞く機会が何度もありました。

 

また同じことが起きたら大変なのは当たり前ですから、仕組みや経路、関係性、段取り、配置、コスト、効率、などなど、いま見直して変えているところは、現状維持で変えなかったところと大きく結果が変わると思います。

 

 

 

そういえば、昨日は久しぶりにゲリラ豪雨を思わせる雨に降られました。

 

前日に埼玉で雹がふり被害で出ていたことと、天気予報が出ていたので想定はしていましたが、急速に空が暗くなり、大粒の雨とつよい風、それに雷、そこにパチンコ玉くらいの雹が混じりだすと、天変地異の雰囲気が漂い始めます。

 

幸い大した被害もなく、時間にすれば数十分なので天変地異はおおげさですが、今年はどれくらいゲリラ豪雨があるのでしょうか。

 

頻発するようだと、ソーラーパネルの被害と補償などが騒がれるかもしれませんね。

 

今年はなんとなく、過去の自然災害をなぞるようなことがいくつかありそうな気がします。

 

 

 

ここまでどうでもいいことも含めて思いつくままに書いていますが、改めて、来年のいまごろどうなっているのか、私はいい感じがしていません。

 

ついでにいうと、数年先の可能性については特にです。

 

「来年も同じようにできるだろうから、という気持ちで先延ばしにしたところ、状況が大きく変わってしまい、それどころではなくなってしまった」と、いうことがあれば嫌だな、と思えば、いまのうちにやりきっておいたり、できるうちにチャレンジすることです。

 

目の前のことに集中していき、大事なものを大事と自覚して一つずつやっていくことで、考えなしにやってきた時期とは大きく異なり、自分の人生がしっかり変わっていきます。

 

周りがどうなっていようと、やることやった人にはやったなりのことが返ってきます。

 

 

きっちりきっちりなんてなかなかできるものではありません。

 

うまく立ち回れるかどうかもやってみなければわかりませんし、やりなれていなければうまくいかないでしょう。

 

こういう時期ですから、ことさら思うようにいかないことも増えてくるかもしれません。

 

だからやれる中でやり続けても、結果がでるまで時間がかかります。

 

ただ、自分のためになるためのことをやり続けていくことで、全体のつながりを通して周りも微細なところから変わり始めます。

 

それをつづけることで、さらに変化は大きくなり、加速し始めます。

 

ときに戻ることや失敗することもありますが、そこであきらめずに軌道修正したりよりよいやり方を模索して前に進むことをあきらめないことです。

 

将来どうなるか心配したところで、どうなるものでもありません。

 

そんなことをするくらいなら、いまできることの中で自分のためになることを考えてやり続けるといいでしょう。

 

自分がご自身の運命の創造主であることを、改めて意識して過ごしていただければと思います。

 

 

 

 

 

※加筆

 

最近繰り返し言われることというのか、注意喚起として書くように促されることがありました。

 

それは、「陰謀論に振り回されて、責任転嫁に陥る人が増えてきている」ということです。

 

単語で書けば、コロナやワクチン、サル痘、ウクライナやロシアのこと。

 

これらのことで、正義を振りかざして特別視が強まったり、誰かのせいにして自分を顧みないために、かえって洗脳にはまりやすくなったり思い込みが強くなっている、ということがあります。

 

これから拍車がかかるようなことになれば、ここまでがんばってきても、足もとを見失った生き方にはまり込むこともあります。

 

どういうものか考えたり知ることは、やりたければやればいいですが、手の届かないことであれこれ考えていないで、現実で役立つことをもっとやっていかないと、そのままではこれから先はもっと苦しくなるからね、という感じです。

 

特定の人たちに向けたメッセージのようでもあるので、心当たりの方は考えてみてください。