これからの一つの目標

〇今後のテーマ

今年の後半、10月頃からの話ですが、以前から来てくださっている方達を中心に、一つの今後のテーマが浮かんできていました。

 

それが「自立」です。

 

自立といっても、人それぞれです。

 

経済、人間関係、生活環境、様々な利害、囚われているものから等々。

 

根底にあるのは、意識の進化です。

 

その途中段階にある自立です。

 

「とりあえず」これから2~3年かけてその課題に向き合いながら、それぞれのテーマを通してクリアしていけるよう日々過ごすことになりそうです。

 

なんというか、個々でレベルの高い自立をクリアするのは難しそうだから、分業で人類の集合意識に寄与するよう、経験値を上げていきましょう、という感じもします

 

負荷はここからさらに厳しくなる気配があり、浮ついたところを自戒しながら改めていくことで、なんとか乗り切っていく人もいるでしょう。

 

日本人は平和ボケしている、ということを以前よく聞いた気がしますが、そのあたりを改めなくてはいけない風潮が強まる傾向もあり、様々な日常の思い込みも含め、考え方を改める機会が増えそうです。

 

 

 

〇余談など

昨日、都内の動物園でオオカミの脱走が報道されていました。

 

無事に捕獲されたようですが、一つの暗示のように感じたので余談として少し書いておきます。

 

まず位置関係は都心の西側です。

 

動物園内でのことなのですが、通常起きてはいけないことが起こったわけで、そうならないために監視が厳しくなされ、檻や柵などもそれなりです。

 

いろいろ心配はされましたが、園外に逃げることもなく、園内で無事に事なきを得たわけです。

 

 

 

いま日本の西側に位置する地域で、国内の不満が高まっているという話をネット上で見かける機会が増えてきました。

 

日本との関係性もあやぶまれていますが、問題は国内の不満です。

 

緊張感のある騒ぎにはなっても、結論はオオカミと同じようになる気がしています。

 

オオカミにとってこの機会に外に出ないと、この先ずっとより厳重な監視のもとでの檻の中かもしれません。

 

群れで活動する生き物ですから、一匹逃げ出すことで他も続く可能性も無くはないでしょうが、それでも一匹が機会を得るだけでも奇跡に近い出来事です。

 

檻の中で飼いならされていくことでその野生は失われ、持ち味も薄らいでいくのかもしれません。

 

ただ、オオカミが無事に捕獲されたように人々の不満の抑え込みが成功し、近隣諸国との関係性において懸念されているような最悪のケースは回避されていくのではないでしょうか。

 

 

 

余談で書いておいてなんですが、それよりも自分の足元をよく確認しながら目の前のことを早め早めに何とかしておくことの方が優先度が高いことです。

 

反面教師として自分に活かしていくとすれば、責任転嫁していると足元が不安定になり、外に動こうにも足元が心配で行動に移せない、ということになりかねないため、誰かのせいにして誤魔化そうとするくらいなら、自分のためになることを一つずつやっていくことです。

 

傷ついた自分の気持ちに蓋をしたり、人目を気にして隠したたまらなくうれしい感情、怒りや虚しさに悲しさなど、見て見ぬふりをしてきた思いや感情などあれば、一度向き合ってみてはどうでしょうか。

 

要は無視して無いものとして存在を否定してきたのであれば、それらも自分です、その自分を否定して生きていて生きやすいはずがありません。

 

そこに気づいて目を向け、それらに向き合い自分を認めてあげることで、自分の気持ちの足場がしっかりしてきます。

 

人目を気にしすぎたり、すぐ感情的になって責任転嫁したり、自分を否定してあきらめ癖がついている人ほど、そういうことに気付けたら、生き方が変わり、無理やり頭で考えなくても方向性が自ずと出てくるようになります。

 

自分でどうしたいこうしたい、という思いがでれば、自分が納得するように自分で決めたくなり、自分を生きるようになりやすいのではないでしょうか。

 

生きる元気がないと、この先負荷が増すほどに大変になります。

 

意欲を自分に求められるようになれば、誰かに依存することも減り自立していけます。

 

 

 

 

〇一年お疲れ様でした

なかなか更新ができないなかで、今年もブログを読んでくださった方々には感謝しております。

 

来年はさらに大変なことが増えていくと思いますが、テーマをもって過ごすことで、困難を自分に活かしていくこともできる場合があります。

 

どうせなら楽しめるところは楽しみ、自分の成長に意欲的になりながら、納得できる機会を増やしていっていただければと思います。

 

 

 

ここには書かない様々な体験を今年はしました。

 

成長もしました。

 

力不足も何度も痛感しました。

 

そのなかで、これから私たちは本当に大事な正念場の時期に入っていく、そういう予感を強く感じています。

 

それは言われているような深刻な懸念が伴うものではないかもしれません。

 

深刻ではないけれども、生き方、姿勢、そういったことは真剣に考えさせられ、そこに向き合った人たちは、より大きな負荷も体験しながら力強く成長していく、そういう時期になるような気がしています。

 

流してしまえば流せてしまう何気ない日常の中で、それは進んでいきます。

 

覚醒とか悟るといったことをテーマに生きている人もいるでしょうから、そういう人たちは淡い期待を抱くかもしれませんが、もっと泥臭いというか華やかな感じではない取り組みです。

 

覚醒や悟りはあくまでもたらされる何かという認識なので、それらの土台、日常の私達自身というのか、地力のところを鍛錬するような感じです。

 

前から書いているように、なにかあってからやっても後手になり、日ごろから考えるなり取り組むなりしているからいざというときにそれに気づけたり結果を残せたりします。

 

派手さはないけれど密度の濃い時間がイメージとしてはしっくりきます。

 

 

 

それでは、よいお年をお迎えください。

 

来年もよろしくお願いいたします。