洞窟の暗闇の中で起きている『運命の分かれ道』

◎圧縮

 

今回は補足の補足のような内容です。

 

以前書いたブログで、「夏至に向けていま洞窟の中の小川を抜けているかのような状況」であることを書きました。

 

5月に入ってから、そのことを私自身が実感する時期がありました。

 

個人的なことですので特に書く必要もないかと思っていたのですが、最近いらした方たちが同じようなことを感じていたので、少し書いておくことにします。

 

 

 

人によってですが、GW頃から6月21日の夏至を過ぎる頃まで、原因がよくわからないのに心身において苦しく感じることがあるようです。

 

現在進行形です。

 

私が感じる今の状況ですが、私たちが洞窟の中を抜ける過程は産道を抜けるような感じで、自分をギュッと圧縮して暗く細い道筋を通過しています。

 

そこで、個に立ち返るということの一つのピークを迎えています。

 

ここでいう圧縮とは、これまでの自分の取り組みを凝縮して感じさせる、ということだそうです。

 

普段よりも濃い密度でドーンとくるので、内容がどうであれ、苦しく感じるのは当然かもしれません。

 

そこから逃れようと誰かのせいにして騒ぎ立てる人もいれば、解決に向けて自分自身に向き合う人もいます。

 

自分のやってきたことの結果を何らかの形で突きつけられているように感じたり、いまの生き方で後悔ないか確認されるように揺さぶられたり、負荷をかけてどこまであきらめずにできるのかを試されているかのようになったりすることで、その人たちの中に隠れているものが引っ張り出されます。

 

その引っ張り出されたものに対しての個々の反応によって、その先の運命はより明確になっていきます。

 

そこで、自身の弱さや足りない点に誤りなどに気づければ、そこから更に、それを認めてそれに対してどう取り組むかを考え行動に移すことで、改善したり立て直しをしたり自分の器を広げたりしていきます。

 

中には生まれ変わるかのような成長をする人もいます。

 

一方、思い込みで暴走してあることないこと言ってしまうと、取返しのつかないような展開に陥ってしまうこともあります。

 

いま自分の身に起きたことにキチンと向き合うことで、夏至から秋分や冬至、さらにはその先のこれからに向けた準備とするのです。

 

これまでお伝えしてきた取り組みはここでも変わりませんが、密度が濃い分大変な人もいるとは思います。

 

そこで自分がどうしたいのか真剣に考えることができれば、意識レベルを上げる機会にすることができます。

 

これまでやってきたことを踏まえてそれらは成されていくので、これまでやったことによって、いま置かれている状況に対しての自分なりの判断、それを踏まえた行動、そしてその結果、そうしたことが大きく個人差を伴って明らかになっていきます。

 

これまでやってきたことの意味が、ここにきてじっくりと問われている感じです。

 

 

 

◎感情について

 

ひろかねさんのお話は、当たり前のことを当たり前に話してくれているだけですが、自分も含めた身の回りに、当たり前のことが当たり前に話せる人が果たしてどれほどいるでしょうか。

 

一つ一つの理解の土台がないと、言葉を知っていても理解できないことはたくさんあります。

 

専門分野の話であればきりがなさそうですが、ひろかねさんが教えてくれたことは日常生活のごくごく身近なことです。

 

それらを理解してきた分だけ、今この時期に気が付くことや大事にすることは大きく違っていくので、感じることも判断することも、差異がどんどん生じていきます。

 

その人の個性の違いや意識レベルの違いによっても差がでます。

 

そこで方向性が同じ人の取り組みや体験を通しての言葉などを見た時、自分がさらに成長できるような役に立つものをみつけ、それを真似して自分に合った形に工夫しながら実践すれば、効率的に成長して生きていくことができます。

 

そのように自分の目的に合った生き方を選びとっていくとき、理性を使って判断することで、結果に近づく合理的な選択をすることができます。

 

 

 

一方で、感情にのまれて理性を失うという言い方があるように、理性よりも感情を優先するような選択だと、理性と違う選択をするということになりがちなので、思うような結果に至らない選択をしてしまいかねません。

 

感情はあっていいものですし、のまれるのではなく使うこともできるものです。

 

自分にとって大事な場面であれば、感情を優先しすぎてあとで後悔しないように、日ごろからよく考えて判断できるよう習慣化していくことです。

 

「なにかあっても感情にのまれないようにしよう」と思っていても、なにもしていなければ、いざという時に同じことを繰り返すだけになります。

 

できるところからでいいので、まず方向性を確認し、自分の勝手な解釈や思い込みなどで物事を歪めて見ていることを自覚するよう心掛け、それを気づいたときにチェックし改めるようにしていくことで、徐々に感情をコントロールする下地が作られていくのです。

 

そういうことの先に、感情を使う、ということもできるようになっていきます。

 

例えば、常に自分都合で物を考え、自分は一番正しいと思い込み、自分への特別視はなにかにつけて強調して、自分の人生特に努力しなくても思うように言って当たり前と思い込んでいれば、一番正しい自分とは違うことを信じてやっている人の姿を見ただけで、腹を立てます。

 

親の言うことは聞いて当たり前、政府のいうことは絶対、なにかあったら覚醒してみんなを驚かせるくらいすごい可能性を秘めた私のすごさに気づかないうえに人と同じに扱うなんて信じられない、など、よくわからないことを勝手に信じ込んで偉そうにしている人もかなりいます。

 

自分の頭で道理に照らし合わせてものを考えたり判断するのではなく、思い込みや決めつけなどでエゴの価値観を最優先していると、周りからはちょっと頭のねじがゆるんでいるかのように思われますし、それを冷ややかなまなざしで見る人たちに対してさらに腹をたてます。

 

この間のうんこの話ですね。

 

生きづらくしているのが自分自身であると気づければ、手の届くところに原因があるとわかるので、そこからなんとかすることができます。

 

それをこれまでの期間にどれだけやってきたかで、今も含めたこれからの時期での修正や立て直しのしやすさや速度が変わっていきます。

 

私たちは、思い込みの上に新たな思い込むが積み上がり、厚い地層のようになってエゴの歪みは強度を増すため、一つひとつ気づいたところから修正をかけていかないことには、一度にどうにかしようと思ってもどうにも手に負えないのです。

 

強烈なショックで目を覚まさせるか、地道に負担少なく歪みを減らしていくか、それは自分の好みですが、大半の人が前者を選んできた結果がいま私たちが置かれている状況です。

 

 

 

いまの時期、これまでやってきた人は踏みとどまれても、やってこなかった人は軽々と一線踏み越えて衝動的な判断で感情にのまれることもあるでしょう。

 

これは常日頃から起こりうる違いですが、一つの大きな区切りとして決算としての時期にあるいま、あとでやり直しがきかない可能性が非常に高いという点で、これまでとの違いがあります。

 

やけを起こさないためにも、今できる中で少しでも自分の言動をチェックして変える努力をしてみてください。 

 

 

 

◎それぞれに

 

同じような話の繰り返しになり長くなっていますが、今日は書きたいように書いていきます。

 

これまでは突っぱねたり知らん顔することで、責任転嫁したり先延ばしして、結果が出るまでの間に帳尻合わせや穴埋めする猶予がありました。

 

しかし今回は、因果応報が早くなり、大地の変動が加速しているため、今の時期にやったことが夏至以降に白日の下にさらされる可能性が高く、深く爪跡を残してその先で生きづらさが増したり、これからの自分の人生の立て直しの重い足かせになる可能性が非常に高いのです。

 

これまでやってきたことの上に今回の取り組みはなされていくので、これまで地道に取り組んできた方の中には、気づきなどでやってきたことが報われたと思えるようなことがあるかもしれません。

 

先延ばしにしたりあまり考えてこなかった方は、やらなかったなりの結果が出やすくなっていくのだそうです。

 

まだ気づいたところからやり直せばいいのですが、先延ばしにした分だけ大変になることはあり、それこの先どんどん増していきます。

 

グダグダな世界になっても、それは変わりません。

 

人それぞれ違いがありますが、これまで一生懸命自分なりに考えてやってきたものの、混乱して一人で苦しんでいるようだと、あきらめたり方向性を見失ったり衝動的におかしなことをすることもあるかもしれず、それではもったいないと思い、今回の内容を書いておくことにしました。

 

まだ今の立ち位置でできることはあるので、今一度、自分の取り組みを落ち着いて見直すようにしてみてください。

 

ちなみに私の場合は、わけもなく心が折れそうになるということが2~3日続いたのがピークでした。

 

今思うと笑ってしまうくらいの落ち込みようで、体もくたびれやすく根気が続かない感じで、その日その日にできることをやって、できないものはできないと意識して納得し、少しずつ持ち直すのを待って、徐々に立て直していきました。

 

いらした方のお一人は、苦しくふてくされていじけそうになっていたのですが、これまで学んできたことでなんとか方向性を見失わずあきらめないで踏みとどまれていました。

 

そして、今回はMOMOYOさんの動画を見てある一定の気づきを得て視野が広がり、煮詰まった状態で周りに対して抱いていた否定的な感情もとれて、気持ちが楽になったそうです。

 

そして、落ち着いて自分のやることに目を向けられるように変わったため、意識レベルが上がったことを実感できました。

 

ここで気を付けていただきたいのは、動画はきっかけだということです。

 

それまでご本人の頑張ってきたことがあったからこそ気づくことができたということを間違えないでください。

 

なにかあると神さまのおかげと思い込んだり決めつける方もいます。

 

そういうことも時にあるかもしれませんが、自分のやったことを「やった」と認められるようになっていかないと、いつまでも自分を生きることなく、なにかをあてにしていきつづけていくことになるのです。

 

それまでの頑張りがなければ、例え同じ動画を見たとしても、どんなにすばらしい話を聞き、目にしても、その素晴らしさが分からず、気づきを得て変わることはありません。

 

まずなによりも、その方自身が変わるなりのことをしたからこそ変われたのです。

 

それがわかるところまでやってきたからこそ、気づけて成長できたのです。

 

考えないで生きていると、あの人の動画を見れば変われる、覚醒できる、と思い込むことがありますが、なにもしないままそういうことはないのです。

 

 

 

◎方向性に向けて後押しする経験の獲得

 

また、その方にとって非常に貴重な経験は、限られたある事柄の中でのことであっても、苦しい時期を乗り越えて楽になったことで成長を実感できたことです。

 

途中でやめれば成長するための取り組みが苦しいことで終わり、またやりたいと思えなくなります。

 

しかし、成長して楽になるところまで体験できると、成長することで感じる気分の良さが、次の取り組みへの自信や励みになるので、「よりよく生きる」という方向性がよりしっかりしたものになり、その方の運命も変わっていきます。

 

気づきを経て成長することが気分がいい、というのは、途中でやめてしまうとわかりませんが、やりきることでそれがわかりますし、どこまでやればいいのかもわかるようになります。

 

そこまでやって、自分で判断できることが一つ増えるのです。

 

そうした積み重ねこそが全体の変革とよばれるものの一端であり、アセンションしていく姿になるのです。

 

ただ生きながらえて待っていればそういう世界に行ける、というものではないのです。

 

やることやるからそうなっていくのです。

 

 

 

◎エゴの歪みが肥大化しやすい時期

 

あちらから言われていることを踏まえて考えると、夏至まではまだ日があるので気持ちの浮き沈みはこれからも続くと思います。

 

先ほども書いたように、ここであまりにひどく自分を見失って騒ぎ立てるようだと、洞窟の時期をぬけた夏至以降、その騒いだ結果を白日の下、自ら身をもって確認することになるようです。

 

先の見通しが立たず、今どうしていいかわからない、ということで不安に苛まれている人もいると思います。

 

焦ったり感情的になることで、自分の目的に合った合理的な取り組みとは違うことを優先してしまい、あとで後悔することもでてきます。

 

以前もエゴの歪みが肥大化したり暴走しやすい時期というのがありましたが、いまもちょうどそういう感じなので、感情的になっておかしなことを常日頃からやらかしてしまう方は自覚があるでしょうから、お気をつけてお過ごしいただくといいと思います。

 

これまでの取り組みの結果が今ですが、今の取り組みはこの先の運命をさらに大きく変えていきます。

 

いま自分がどうしたらいいのかわからないような方は、個別にお話できることもありますので、よければこの機会にいらしてください。

 

 

 

◎余談

 

6月くらいまでになにか象徴的なことが起きるといわれていましたが、いまのところ目立ってなにかあったとは思えません。

 

地震についてはずっと警戒感が続いており、まだ長野の地震の影響が終息した感じがしません。

 

念のためご注意ください。

 

台風の備えなど、余裕がある今のうちにやっておくといいと思います。