揺さぶり

◎大変になっていくこれから

 

世界各地で起きている事柄が、つながりを通してわかりやすくなってきているように見えます。

 

隠れているものが一部引っ張り出されて、いよいよ自暴自棄になりながら周りを巻き込もうと必死ですが、それを高みの見物を決め込んで笑っていられるほど、日本で暮らす私たちのこれからは甘くはないでしょう。

 

以前いわれていた変革からすれば、まだ話にならないレベルです。

 

結局このままいっても弱肉強食は続きます。

 

あの国の大統領やその国の大統領候補等に期待している人も多いと思いますが、日本国民にとってはむしろさらに厳しい展開が待っているかもしれないことが、ちらほら見え隠れするようになってきました。

 

 

 

米ドルのこと、ウクライナのデフォルトと日本が保証人になっていること、日本が自ら首を突っ込んで結果どうなっているのか、その責任の行方、これらだけでも私たちの生活に直接的に影響があります。

 

敗※国がどういう扱いを受けるのか。

 

メディアではなるべく現状を流さないようにしているのかもしれませんが、かなり厳しい展開がこの先考えられます。

 

4月中頃に言われた「※※は終わった」という言葉の意味を改めて感じます。

 

まだ表立って結果が出たわけではないので、やりようによっては何とかなるかもしれませんが、対応がこのままだと厳しいものがあると思います。

 

 

 

弱肉強食という世界は、力があれば思うようにできることがほかの人より増えます。

 

場合によっては、無理を通せば道理が引っ込む、ということも自分の都合で推し進めることができます。

 

理不尽だろうと関係ないといえるくらい力をもてば好き勝手やれるのです。

 

日本が第二次大戦で敗戦し、アメリカの支配下に置かれてから、私たちの生活環境は大きく様変わりしました。

 

その後、栄華を誇る時期もありましたが、それはアメリカの都合に合っていたから成しえたことだったのではないでしょうか。

 

アメリカの失墜のあと、日本が今回の他国との関係において自ら首を突っ込んだことにたいする責任をとるとき、その先はアメリカの支配下に置かれた時のようにはいかないのではないでしょうか。

 

これまでは優遇された中で感じる負荷でしたが、これから状況が変われば、露骨につらいと感じることが増えるかもしれません。

 

国家間ではいままさに天地がさかさまになるような立場の逆転が起き始めています。

 

その負荷の中で、自分たちがなにを大事にしているか、それを得るために、果たすために、維持するために、どうしたらいいのか。

 

よりよく生きる、ということを実践していくことは、いつの時代、どういう世界であっても生きやすくなるために役立つ考え方です。

 

取り巻く環境が驚くほど変わったとしても、自らの立ち位置を確認し、何処を目指して生きていくのか。

 

やることは変わりません。

 

日頃からやっていればとっさの時にできますし、仮に焦ったり自分を見失うようなことがあったとしても、立て直しはこれまでやってきたことが足場になり、地道な取り組みで自分を取り戻しつつ状況を変えていきやすくなります。

 

見えない世界に期待している人もいると思いますが、ここは見える世界です。

 

いま自分たちがいて、自分たちが運命をつくる力をもって存在している世界です。

 

自分のやったことが返ってくる世界ですから、まずは目の前のことをやりましょう。

 

自分が思うように生きたければ、思うようにいくよう頭を使い、体を動かしましょう。

 

誰かが何とかしてくれる、とあまい考えをしている人から消えて行ったり、負荷を引き受けてつぶれていきます。

 

弱肉強食の世界なんですから、力つけてつよくならないと、エサにされて終わりです。

 

ここ数年で露骨に行われたことを考えれば、それは十分見ているはずです。

 

自分が納得できれば、エサでも何でもいいのですが、いざとなれば進んでそうなりたい人もいないでしょう。

 

力を持っているというだけの存在の意向が優先されるよりも、より歪みの少ない存在の意向が優先されるような世の中になっていけば、いまよりはましになっていくのではないでしょうか。

 

 

 

以前も書きましたが、私たちが負荷を感じるのは10月頃のようです。

 

ここでいう私たちとは、日本で暮らす人たちです。